5月24日(日)に開催された、筑波大学公開講座「ソクラテス・サンバ・カフェ」の感想など


みなさんこんにちは!

去る5月24日(日)に筑波大学公開講座として開催された「ソクラテス・サンバ・カフェ」は、事前申し込みの段階で定員の20名を大きく上回る32名の応募(あまりの人気に途中で募集を締め切ることになってしまいました!)をいただきました。また、以前からご参加くださっている方々の当日参加もあり、大盛況のうちに当日を終えることができました!
このような素敵な一日になったのは、ご参加くださったみなさん一人ひとりのおかげです。本当にありがとうございます!

そんな5月24日のカフェについて、いくつか感想をいただいたので、ここに掲載させていただきます。
ぜひご一読ください!

マイク(津崎先生)
「哲学カフェの生命線は、《対話》の可能性を死守することである。これが滅法、困難である。哲学が難解と言われることの根拠は、この困難のうちに潜んでいるのかもしれない。そして、今回のカフェに参加して下さった多くの市民の方々は、この困難と十二分に取り組んでおられた。そんな彼ら彼女らの会話を聞いていて、或る哲学者の文言が呼び起こされたーー「こちらが心を開いて話せば、あちらも心を開いて、心中を打ち明けてくれる。お酒や恋愛と同じなのである」。こんな洒脱なことを言えるのは、モンテーニュを措いて他にいない。『エセー』(宮下志朗訳)に出てくるこの文言は、言うは易く行うは難しの典型だろう。私たちの哲学カフェがモンテーニュの言うように「ことばとは、半分は話し手のもの、半分は聞き手のもの」であることを実感する場であり続けて欲しい。そんな思いを改めて抱いた日曜の昼下がりであった。」

こうちゃんパパ(保呂先生)
「30人近い多様な社会人が集まって下さいました。直接お話しできたのはごく一部の方々ですが、共感できるお話を聞いて嬉しく感じることもありました。一方、少し会話を続けても何となくピンとこないお話しに、何だか落ち着かない気持ちになることもありました。でも、本当はこっちの方がいっそう重要だったのかもしれません。自分の「当たり前」を突き崩すような感じ方や考え方がそこに潜んでいたのかも。「哲学カフェ」の互いに心を開いて行う対話の場においてこそ、こうした異質な見方と対峙して自分を問い直す機会が得られるはずです。ピンとこない、腑に落ちない感じをもっと大切にしなくては、と思った次第です。」

今後とも、ソクラテス・サンバ・カフェをよろしくお願いします!