井川義次

中国哲学。宋明理学を仲介とする東西哲学の交渉 Q:哲学を始めたきっかけは? A:高2の時、父が死んだんですね。その父の死から、生きることに何の意味があるのかと考えるようになりました。誰でもみんないつか必ず死ぬんだ、それなのにいったい、生きてても意味なんかあるのか、って。もし、今、何かを一生懸命やっていたとしても、それでたとえ人生がうまくいったとしても、結局それが何になるのか。どうせ死ぬのに。そう思っていろんな本を読んだり考えたりしました。それが哲学を始めたきっかけ。 Q:いろんな本? どんな本がよかったですか? A:一つは、『三国志』。この本を読んで思ったのは、たとえ肉体は死んでも、生は記憶(歴史)の中に永遠に在り続ける、っていうこと。たとえ死んでも、そういう永遠の生がある。そう考えることは支えになりました。私は「歴史」が大好きなんですが、人の「生」の記憶として「歴史」を考えると、「歴史」の中には個々の「死」を越えた永遠の「生」が存在しているとも言えるんじゃないかな。この本は私が「歴史」を深く考えるきっかけにもなった本です。 もう一つは、田村芳朗著『絶対の真理「天台」—仏教の心理<5>』 (角川文庫ソフィア)これを読んで、これまで自分が「生と死」にこだわっていたのは、「生」は意味あるもの、「死」は意味のないものとして区別=差別していたからではないか、と気づかされました。でも仏教ではそれは間違いだと言う。「生」も「死」も、どんなものも、全ての在り方に意味があるんだと言う。仏教では「生」も「死」も全てが肯定されるんです。この考え方は自分の目を開かせてくれたし、今の自分の根本的な考え方になっています。 Q:哲学をやって良かったこと、辛かったことってどんなこと? A:辛かったことは、理解してくれる人が少なかったことかなぁ。「何で哲学なんかやってるの?」って。親戚などからは「義次、はやく就職してお母さんを楽にしてあげろ!!」と言われたりもしました。就職できるかどうかも不安だった。 でも、哲学をやっていて、高校時代に抱えていた悩みのうち、多くが解決できたことも事実です。どんな状況になっても、どんなものも肯定できる立場というものが少し見えてきたのはありがたいことだと思う。どんなものもすべて平等である。そう見る視点を私は哲学から学んだんだと思います。 Q:哲学をおすすめできますか? A:社会や時代の価値観に従うことに、行き詰まりや生きにくさを感じている人はぜひ哲学を学んでみてほしいです。学んだ分だけ楽になる。それは保証します。
保呂篤彦

カント研究(倫理・宗教との関わりを中心に)。近代日本の宗教思想・宗教哲学(絶対無の哲学と日本の神学など) 関心、普段(?)考えていること: 「宗教」が問題にしてきたことは非「宗教」的にも表現できるのではないか。 (「宗教」という概念は近代西洋が作り出した概念らしいので、 日本人にとって何となく胡散臭いのかも。 「宗教」概念が使われていない世界においても、 人間をめぐる同じように重要な思索がなされてきたのだから、 宗教と非宗教の区別に拘らなくてもいいんじゃないかな、と。) 嫌いなもの、苦手なもの: お酒とタバコ (アルコール飲料はまったく飲めません。 小さい頃、味醂の入った卵焼きを食べて酔っぱらい、 踊り出したことも。ただし、今は飲まされても踊りません。) 苦手なこと: PCをはじめてするIT機器の操作 (LAN、WiFi、どうしたら使えるのかさっぱりです。 ワード、エクセルも、全然使いこなせません。) 普段悩んでいること: 自宅の研究スペースと子育て (自宅に勉強・研究できるスペースがないこと。 理想は、”ダイニングテーブルで子どもたちと並んで勉強”なのですが うちの子たち、勉強しないで、すぐ遊びになるので、実現しません。) 最近嬉しかったこと: 娘がブランコを上手に漕げるようになったこと。次は自転車! メッセージ: 私の場合、哲学カフェに来て、 当然だと思っていたことがそうでもないことに気づくことがしばしばです。 でも、たぶん、それはお互い様。 自分の考えていることなど平凡だと思っていても、周りの人には新鮮かも。 一度、確かめに来てみてはどうですか。
五十嵐沙千子

ハイデガー。またハーバーマスの合意論を中心とする政治哲学 好きなもの・こと 三月の、風が冷たくて山が黄色桃色に明るくなる春の兆し、 四月の終わりにすみずみまで光が届いて春の真ん中にいること、 五月の庭の朝ご飯、 六月の初夏の早い夜の公園の匂い、 八月の夏休みの朝、 九月の午後にキンモクセイが咲いて秋が来ること、 11月の灰色のセーターを着て茶色のスープ皿とストーブを出すこと、 風が吹くこと。 それから、 不空羂索観音(広隆寺)。チョコレート。授業も好き。運転も好き。きれいな空間を作るのが好き。何もなくてキラキラした感じがすき。cloudy bay。漆喰の壁。石鹸。ジーンズ。赤。雨上がりの木の匂い。ハイデガー。シューマン。道が続いていくこと。
津崎良典
大学一年生の冬のことである。ギリシアを訪れていた私は、旅の締めくくりの朝、エーゲ海に突き出すスニオン岬へ向かった。アテナイの支配をめぐって女神アテナに敗れたポセイドンの怒りを鎮めるために民衆が贈ったという神殿の聳えていた岬である。いまは列柱のみを残す廃墟を背にした私の眼下にひろがるエーゲ海は、冬の穏やかな朝日を浴びて藍とも縹ともつかぬ彩りで鈍く輝いていた。そのあまりの美しさに全身をうたれた私の脳裏に、パリで客死した或る日本人の言葉が去来した──「感覚こそは自分そのものでありながら、しかも自分を超える唯一のものである。「自分を超える」ものに身を委せることから、すべての新しい事態は生れて来る。」フランス哲学研究で名高い森有正が血のにじむ思索の果てに書き付けた文言だ。私はこの文言を反芻しつつ決意した、人間が人間であることの不思議と人間を超えるものの不思議とに古代ギリシア人が示した感歎に促されてヨーロッパの思想家たちが紡ぎだした思索の決して終わることのない物語を学ぼうと。「感覚が純化し、自己批判を繰り返しつつ堆積し、そこに自己のかたちが露われて来るのを「経験」と呼び、単なる感覚の集積である「体験」と厳密に区別する」と印象深く語る森有正の到達した高みに少しでも近づきたいとの念いから、彼の書いたものなら何にでも目を通し、それらを必死に読み返すなかで、大学四年生になっていた私の学びの焦点は少しずつ定まった。森有正がその生涯をかけて倦むことなく学び続けたフランス哲学を私もまた学ぼう。そうして選んだデカルトについて博士論文を書こうと二十四歳で故郷を離れ、異国の地パリで苦しい日々を過ごしていた私がスニオン岬を再び訪れたのは、あの冬から十年が経った風の強い日のことである。一日の終りを、そして一年の終りを寂しく告げる夕日を浴びたエーゲ海は、あのときと変わらずあまりに美しく、若き日にたてた決意を私は強くしたのだった。